10話から最終回まで、録画したものを通して3度も見直してしまいました。3度目ともなると細かなセリフまで気をつけることができて、この作品の凄さを実感しております。どの場面も素晴らしいのだけれど、私が見入ってしまうのは11話のラスト、ほむらが「繰り返せば、それだけまどかの因果が増える。私のやってきたことは、結局…」と絶望するところです。斎藤千和さんの名演技に、濁っていくソウルジェムの描写、絵の構図、そして管弦楽のBGMが絶望的な悲しみをこれ以上なく表現していて、涙など数年に1度すかどうかという冷血漢の自分にして、抑えられませんでした。ああ、駄目だ。何度観ても涙が出てきてしまう。演出をされた渡邉この乃さんの仕事なのかな。エヴァの「男の闘い」だったと記憶しているのだけれど、あれの音楽の使い方も凄くて、故にエヴァでは新シリーズよりもTV版が好きなのだけれども、マギカの11話はそれも超越してしまいました。これ、至高のシーンでしょう。ああ、でも宇宙でのまどかとほむらのシーンも、素晴らしいし、甲乙はつけられないな。これ、TVアニメに限らず、広く映像作品の中でも、傑作中の傑作です。このディスクは保存版が要るな。
さて謎解きであります。真相はこの後発売されるであろうガイドを読まないと判らないでしょうし、全く考えもまとまっていないので、メモみたいなものです。
まどかの願い
まどかの願いは「全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女をこの手で」であり、元凶であるインキュベーターそのものは否定しなかった。まどかの力ならばそれも可能だったはずなのにそれはしていない。まどかはそれに嫌悪を抱きつつも、キュウべえの主張も一部認めたのだと思います。より正確には魔法少女たちの希望を、かな。
まどかの存在
何故、まどかは存在自体が無かったことになり「ただの概念に成り果てた」のか。全ての時空に干渉する為には、特定の時空に留まれないだけなく、存在自体を世界の「一つ上の領域にシフト」(キュウべえ)する必要があったということでしょうか。
宇宙の仕組みの何が書き換えられたのか
魔法少女達の希望の反作用として生じた呪いが限界に達すると魔女になり、より積極的に呪いを回収する機関として機能する。更に魔女は新たな魔法少女を生み出す理由としても利用でき、滅ぼされた際には某大なエネルギーを宇宙に放出し、グリーフシードはエネルギー回収装置として使える。これがインキュベーターが作り出した、彼らから観て至れり尽くせりの、人間を利用した宇宙を豊潤にする為のシステム。それが組み込まれた宇宙が改変前。
まどかが改変したのは、魔女誕生の直前にまどかが穢れを消し去れるようにしたことと、魔法少女の呪いがソウルジェムに蓄積されないようにしたこと。但しそのままだと因果律が保てなくなるから、その不条理をまどかが一手に引き受けることになる。それは文字通り宇宙全体に対する干渉であり、キュゥべえが「因果律そのものに対する反逆だ。君は神になるつもりか?」と珍しく感情を露にしたのも頷ける。
ついでに言うと、インキュベーターには感情が無い、とキュゥべえは言うけれども、感情を有しつつ共同体を築く人類、それに途方もないまどかの潜在能力やその願いに驚いたことからも明らかなように、感情が全く無い訳ではないことも判る。恐らく、喜怒哀楽といった幾つかの感情が彼らにとっては疾患なのだろう。
そして、これが結構重要だと思うのだけれど、まどかは魔法少女達の命までは救っていない。つまり、魂を代価とするシステムの根幹は変えていない。でも、インキュベーターはまどかのシステム改変の所為で、より地味に呪いを回収するようなシステムしか構築できず、結果、人間との契約はより友好的なものに変化している。これは改変後のマミがデメリットを完全に承知していることから推測できる。まどかはインキュベーターの意義を認め、彼らとの共存を図ったのだと思う。
ほむらの体験した過去はどの世界の過去なのか
キュゥべえの推論が正しいのであれば、それは同じ世界の過去ではなく、平行宇宙(パラレルワード)の過去ということになる。まどかの力の源泉、因果律は、同世界で積み重ねて増強されたものではなく、平行世界から集積されたもの。とするならば、それぞれの世界での、ほむら無き後が存在するわけだし、移動先の世界に元々いたほむらが追い出されないとおかしなことになるのだけれど、その辺は全く明らかになっていない。
それとも、ほむらの時空遡上に伴い、それまでほむらがいた世界は無かったことになるのだろうか。それは考えにくい。一番現実的なのは、平行世界に移動したのはほむらの魂だけで、それが移動先の魂に上書きされた、という仮説だ。これならば物質の移動を伴う時間移動よりも、難易度は低そうだし、エネルギーも少量で済みそうだ。ほむらのジェムの形が変わったのも説明がつく。魂には形がないのだから、顕在化する際に意識的に干渉し、形を少々変化させるぐらいならば可能なのではないだろうか。元の世界にはほむらの抜け殻(体)が残るわけだが、まどかがいない世界などほむらには無意味なのだからどうでも良いことなのだろう。
タイムトラベルの考え方としては、ドラゴンボールと同じだろう。トランクスは未来からやってきて現在を変えたけれども、彼がやってきた未来そのものは変化していない(孫悟空は死んだまま)。ネギま!は中途半端。漫画のドラゴンが時空跳躍でいなくなったネギ達を探しているカットが正しいのであれば、ネギ達がチャオを抑え切れなかった世界が存在していることになるので平行世界論となる。が、そうするとあの世界にはネギ達が存在しないことになるので矛盾してしまう。あのカットは失敗だったと思う。タイムトラベルの元祖とも言うべきSFの名作、「夏への扉」でも平行世界の可能性は残されていて、主人公はそれを気にしつつも割り切ってしまう。「化物語」の「傾物語」では、暦と忍は他の世界の過去に干渉し、その世界の暦はブラック羽川に殺されてしまい、キスショットは世界を滅ぼす寸前までやってしまった訳だが、そのキスショットを燃料として元の世界の過去に戻っている。あちらの世界のその後については割り切り。
理屈で突き詰めると必ずどこかが破綻するのがタイムトラベルで、故に不可能となるのだけれど、本作の場合、インキュベーターは人間の感情をエネルギーに代える術を得たことで、「エントロピーの法則を凌駕」し、時空への干渉も可能とした訳だ。但しそれは、某大なエネルギーが必要となる同世界の巻き戻し(結局それは宇宙全体のタイムトラベルとなる)ではなく、あくまで至近(1ヶ月)の平行世界への魂(情報)の移動に限定されていた。まどかのやったことは、無限というべき全ての時空への干渉であり、インキュベーターからみても途方も無いことだった、ということなのだろう。それを可能とした、まどかとほむらの思いの強大さが伺える、と思うのだがいかがだろうか。
さやか
「さやかちゃんを救うには何もかも無かった事にするしかなくて、そしたらこの未来も消えて無くなる」(まどか)。さて、非常に悩んでいるところであります。「この未来」が「恭介がバイリニストとして成功する世界」なのか、それとも「『恭介がバイリニストとして成功する世界』にさやかが居る世界」なのか。どちらとも取れるのです。さやかを思うと、せめて後者であって欲しいとは思うのですが。どちらにせよ、まどかは頑張ったさやかへのご褒美として、本来見る事のできない未来を見せてあげた、ということだと思います。
魔女とまどかがいない世界で、さやかはマミや京子と共に、魔獣との戦いの中で「連関の理に導かれて」消滅しますが、「連関の理」は因果律を指すものと思われます。京子が「惚れた男の為に」と言っているので、さやかは再編された世界でも恭介の為にキュゥべえと契約をした、と推測できます。であるならば、恭介の怪我は治ってバイオリンも弾けるようになった、と考えるのが自然です。ただその場合でも、さやかは消滅してしまうのですから、残された恭介と仁美も大変だとは思います。
まどかがキュゥべえと契約をした世界はどうなったのか
前述のタイムトラベルと絡むのだけれども、まどかにとっての元の世界はあの後どうなったのだろうか。灼眼のシャナの世界よろしく、まどかの存在が全て消えた状態でその後も継続したのか。けれども、ほむらの様子を見るとそう単純な話でもなさそう。
まどかとの分かれの後、ほむらはさやかが消滅した場に戻されています。戻す、という表現を使いましたが、環境こそ違え、時間軸的にはズレがないのかもしれません。つまり「まどかがキュゥべえと契約をした世界」はまどかの願いが作用した形で再編された世界であると仮定します。これならば、さやかは消滅はするものの、魔女にはならず、マミが魔女に殺されることもなく、京子が魔女と化したさやかと共に消滅することも回避できます。
ただ、これだと致命的な矛盾が生じます。どういうことかというと、まどかの願いは全ての時空の魔女の消滅なのですから、ほむらが渡り歩いた時空も例外ではありません。とすると、最初にほむらがいた世界で、魔女の結界に囚われた彼女がまどかとマミに遭遇することも無かったということになります。まあ、これは魔獣で代行することも可能でしょうが、実行者がいないのですから、ワルプルギスの夜は発生しません。となると、まどかの死も無く、ほむらの時間遡上もない。であるならば、因果律の特異点は形成されず、まどかがその願いを叶えることも不可能となります。つまり、「全ての時空の魔女の消滅」には「ワルプルギスの夜」が欠かせないけれども、「全ての時空の魔女の消滅」が叶ったのであれば、「ワルプルギスの夜」は成立せず、結果、「全ての時空の魔女の消滅」は成立しない、ということになります。見方を変えると、「ワルプルギスの夜」の結果、「全ての時空の魔女の消滅」が成立するが、「全ての時空の魔女の消滅」の成立は「ワルプルギスの夜」の存在を否定する、となります。
この矛盾を回避する為には、どうすれば良いのか。歴史の上書きがかろうじて論理的に解決してくれる気がします。つまり、まどかの働きにより、発生すべき魔女がいなくなった世界(平行世界の各々)のその後は確かに変わる。それは新しく創造されるわけではなくて、変化分の上書きという形で進化していく。であるならば、まどかの因果律の特異点は創造されなくなるし、ほむらとの出会いも普通のものになるはずだけれども、まどかは既に上位の存在になっているので、現世の理からは外れている。つまり、現世の結果としてのまどかではあるけれども、既に現世の柵、因果律には縛られない。同様にまどかとの因果が誰よりも深いほむらは、まどかが言う、魔法少女の奇跡が働いて、あるいはまどか自身による後押しもあって、記憶が改変後の世界のほむらに上書きされたお陰でまどかの記憶がちゃんと残っている、という解釈。さて、いかがでしょうか。
おまけ
TV放映中のCMで流れた「白い液体」が一部で話題になっているそうな。あれは蒸留前のテキーラだったような気がする。以前、BSで放映されていた「世界銘酒紀行」(だっけな?)で観たことがあるような、ないような。録画を探してみたけれど、何故かテキーラの回が見つからない。(^^ゞ明日明らかになるようなので観てみませう。